設計法部会
部会詳細

設計法部会の方針

1. はじめに

「伝統的構法の設計法作成」という大変重い課題に取り組むことになり、その責任の重さを痛感しています。私事になりますが、奈良で生まれ育った私にとって長らく伝統構法は身近な存在でした。在籍した中学校は東大寺の境内にあり、毎日大仏殿を眺めて過ごしました。最近では昨年まで数年間東本願寺御影堂の修復事業に関与する機会がありましたが、両方の建物ともに世界最大級の巨大な木造建物ですが、造り方や構造要素は全く違ったもので、伝統構法は大変奥が深いものだと改めて感じている次第です。伝統構法の構造力学的な解明は簡単ではありませんが、設計法の構築にあたってはこれまでの常識にとらわれることなく、自由な発想で取り組みたいと考えています。

2.設計法の構築に向けて

さて本題に話を戻しますが伝統構法は言うまでもなく、建築基準法が制定される遥か前から存在するものです。我が国に建物を建設する場合、法に定められた最低限の耐震性能は必要ですから、伝統構法にも法の網をかけることは必要でしょう。一方で耐震規定そのものも耐震構造に関する研究の発展や繰り返し発生する地震被害を受けてたびたび改定されてきました。しかし残念なことに明治時代の前半まで唯一の構造形式であった伝統構法が蚊帳の外に置かれ、特に2000 年の法改正では伝統構法になじみにくい仕様規定が作られたために、伝統構法が非常に建てにくくなりました。それを打開するために耐久性に関する規定を除いては仕様規定の適用が除外される「限界耐力計算」の伝統構法への導入を検討し、内容を纏めたのが「マニュアル」です。しかし一方で4号建築物は特例で構造計算が免除されており、そのため関係実務者にとって、伝統構法の設計はそれ以外の構法と比較して大変負担が重くなりました。さらに2007 年の法改正に伴って、確認申請審査の厳格化、構造計算適合性判定の導入により、その違いが際立つことになり伝統構法で設計される建物が激減する事態となりました。

しかし、伝統構法の設計に限界耐力計算を導入したことは、実務者に過大な負担をかけることになった反面、マイナス面ばかりではなく、定量的によく分かっていなかった伝統構法の耐震性能を明らかにしてきたことも確かで、また、問題点がどこにあるのかについても明確になってきたと考えています。

今回の設計法の構築では、あらゆる可能性を最初から否定することをしないで、検討を進めたいと考えています。つまり最初から結果ありきではないということです。当然のことながら、注目されている石場建てについても、その可能性について十分検討し結果を出したいと考えています。この他に実務者にとって使いやすいものであることが必要です。また、伝統構法にふさわしい構造計画についても検討したいと考えています。

3.具体的な進め方について

設計で重要なのは設計のクライテリアと建築主に対する説明責任です。「限界耐力計算」はあくまでも耐震性能検証のための手段であって、どのような耐震性能の建物にしたいのかが大変重要です。建築主・設計者・施工者が設計のクライテリアについて同じ認識を持つ事が必要でしょう。


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設計者に起こりがちなことですが、設計法が出来上がるとルーチンワークに陥ってしまって、設計された建物の構造的特徴を改めて多角的に見直すことを忘れがちです。また、数字だけを追いかけることにもなりかねません。このことは伝統構法に限ったことではありませんが。勿論、耐震性能をできる限り正確に検証できることが必要で、このためには伝統構法が抱えている構造力学的に未解明でかつ重要な問題を解明することが必要になります。たとえば柱脚の条件が耐震性能にどのような影響を及ぼすかはその代表的なものです。また伝統構法には地域性があり、特に接合部には大工棟梁の経験と考え方およびそれに基づいた技術が反映されています。

これらの問題を含めて伝統構法の特性を考慮できる設計法を提案し、その妥当性を要素実験や振動台実験および解析で検証して行きます。また伝統構法の設計に必要な構造要素のデータベースを作成・公開し、実務者が使いやすい設計法を目指します。

部会の進め方については、設計法の構築を効果的に進めるために、「設計WG」、「解析WG」、「簡易設計法WG」の三つのWGを設置して検討を進めます。この他に伝統構法建物が今も設計されている現状に配慮して、設計者の負担を減らすための「設計マニュアル技術検討WG」と連携して、確認申請を円滑に進めるための技術的な検討をサポートします。

次にもう少し具体的な検討方針について述べます。設計法としては、限界耐力計算を用いた設計法と限界耐力計算を用いない簡易な設計法の構築を目指します。

4.初年度の検討方針

緊急の課題を中心に検討を進めます。具体的な内容は 以下の通りです。

  • 現在も棟数は極めて少ないものの、伝統構法木造住宅や小規模の寺院建築物の設計が行なわれている事実を重視して、汎用型でなく、実際に建設が見込まれる田の字型平面住宅および町家型住宅をモデルに的をしぼって検討を進めます。
  • 実務者が使いやすい比較的簡便な設計法とするため、実務者のほとんどが「伝統構法を生かす木造設計マニュアル」に基づいて設計している現状を考慮して、基本的な手法はこのマニュアルと同様の手法で行ないます。
  • 「マニュアル」が作られてから、伝統構法木造建物もたびたび大地震に見舞われ、大きな被害を受けた建物もあります。また従来から行なわれている要素実験の他に、実大建物の振動台実験ができるE -ディフェンスの運用が開始され、伝統構法木造建物に関する実験も継続して行われており、これらの新たな知見を取り入れることにより、より精度よく耐震性能を把握できる設計法が可能と考えています。
  • 何が伝統構法かという議論がよくなされますが、それよりも伝統構法のあらゆる可能性を考慮して検討を進めることが重要と考えています。柱脚については石場建てを含めて、これまでに建設実績があるものや今後設計される可能性のあるものについて、基礎構造も含めて検討を進めます。その他水平構面(床)の変形や偏心による影響、構造要素の復元力特性の再構築、上下方向の剛性・耐力バランス等について検討を行います。

また、今年度予定されている要素実験やE - ディフェンスでの実大振動台実験の結果を検証し、設計法へのフィードバックを考えています。

5.次年度以降の方針

次年度以降は、初年度に検討した設計法を適用できる建物の範囲を広げてゆくことを考えています。

もう一つの方針として、実務者から要望がある伝統構法を対象とした簡易な設計法の構築も行う予定です。初年度はその基本方針について検討し、次年度以降具体的な内容の検討に取り掛かることを考えています。4号建築物の場合は、施行令第40 条〜第49 条と関連告示の規定を満足すれば、特別な構造計算は必要なく、壁量規定に代表される耐震規定と、仕様規定を満足すればよいことになります。4号建築物で適用されている耐震規定は、建物の強度に着目していますが、伝統構法の場合は強度の他に変形性能も考慮する必要があると考えています。また、構造要素としては土塗り壁以外の要素も組込む必要があると思います。

6.おわりに

阪神・淡路大震災以降も大地震がたびたび発生し、伝統構法を含めた木造建築物が大きな被害を受けました。地震による建物の損傷は正に実大実験そのもので、被災現場を調査し損傷の原因を解明することは大変重要だと思っています。また倒壊した建物と倒壊しなかった建物の違いを知る事も大切です。私の印象に残っていることを申し上げますと、倒壊した建物には次のいずれか又はすべてが当てはまると思います。

  • 構造計画に問題がある(構造要素が極端に少ないか偏って配置されている等)
  • 大工技量に問題がある(特に仕口接合部が雑に作られている等)
  • 老朽化(腐朽・蟻害等)が進んでいる

逆に、上記のことに問題なければ、大破・崩壊に至る可能性が低いと言えるのではないでしょうか。計算により耐震性能を検討することが必要ですが、その前に実現象を教訓として設計を進めることも必要でしょう。最後に今回の検討委員会が関係者全員で設計法を考えるいい機会になることを願っています。